☆上田城の歴史を訪ねる。
☆本丸東虎口門(裏口より)
☆真田石
☆本丸跡
☆上田城案内板
☆真田神社
☆真田神社
上田城
通称 尼ヶ淵城 真田城
城郭構造 梯郭式平城
天守構造 不明
築城主 真田昌幸
築城年 1583年(天正11年)
主な城主 真田氏、仙石氏、松平氏
廃城年 1874年(明治7年)
遺構 櫓、石垣、土塁、堀
指定文化財 長野県宝(南櫓、北櫓、西櫓)
国の史跡
再建造物 門
上田城は、上田盆地の北部に位置し、千曲川の分流である尼ヶ淵に面していたので、
築城当初は「尼ヶ淵城」と呼ばれることもあった。北に太郎山、南に千曲川があり、
築城前は土豪小泉氏の古い城館が存在したと伝えられる。城の南側は千曲川に接し、
北側と西側に矢出沢川を引き込み総構えとし、唯一の攻め口である東側にも蛭沢川や
湿地帯などがある。
上田城は、甲斐武田氏の旧臣である真田昌幸により、1583年(天正11年)に築城
された平城である。真田昌幸が二度にわたる徳川軍の攻撃を撃退した上田合戦が
行われたことで有名。江戸時代には上田藩の藩庁が置かれ、真田氏が信濃国松代へ
転封された後は仙石氏が入城し、破却された上田城を現在のような姿に再建した。
仙石忠政により、再建された本丸の3棟の櫓(南櫓、北櫓、西櫓)など建物の外壁は
煤と柿渋で防水した板を用いた下見板張の黒い外観である。明治以降は、破却や城外
への移築が行われて城内には石垣と櫓が1棟残るのみであったが、昭和期に、移築
されていた本丸の櫓2棟が元の位置に復元され、平成期には櫓門や塀などが木造復元
されている。
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